diwao日記

Web、ガジェット、仙台のお話

気付いたらブログをはじめて二年経ってたので、たまにはブログについて思ってることとか書いてみる

時が経つのは早いもので、先月の11月でこのブログも開設してから二年が経ちました。飽きっぽいわたしがこうしてゆるゆると続けてこれたのも、このブログを読んでくれているみなさんのおかげだと思っています。いつもありがとうございます。これもひとつの節目ということで、この辺で自分なりのブログへの想いなんぞを一度整理しておこうかと思ったので、つらつらと思いの丈を書いてみます。

正直者がバカを見る?

「正直者がバカを見る」という言葉がありますよね。わたしはこれ常々おかしいなと思ってるんです。良いことをしている人は報われるべきだし、悪いことをしている人は裁かれるべき。そうでなければフェアじゃない。(何が善で何が悪かとか、何をもってフェアなのか、みたいな話はひとまずおいとく)

でも現実はそうはいかない。そんなことはわたしも分かっています。ものすごーく人のためになることをしていたり、世の中にとんでもなく貢献したりしていても、決して裕福とはいえない生活を送っている人はたくさんいる。一方、誰かを貶めたり、人の道に外れたようなことをして悠々自適に暮らしている人もいる。それが現実。でも、それってやっぱりなんかおかしい気がする。

なんか色々もったいない

じゃあ自分が望んでいる世界ってどんなだろ? ザックリいえば、良いことをしている人、良いものを作っている人、良いサービスを提供している人、そういった真っ当に頑張っている人たちが正当に評価されて、経済的にも社会的にもきちんと報われる、そんな世の中になってほしいんだと思う。

真っ当に頑張っている人にはちゃんと相応の見返りがあってほしいじゃないですか。もちろん自分も含めてね。きれい事なのは十分わかってるけど、そういう世界であってほしい。でないと、色々ともったいないと思うんだ。

その最たる例は、真っ当に頑張っている人たちが「いくらやっても報われないから」と、その道を諦めてしまうこと。もしくは続けられない、辞めざるをえない状況になってしまうこと。そんな形で良いもの、良い人、良いサービスが日の目を見ることなく消えていってしまうなんて、すごくもったいない。それって世の中にとってすごい損失なんじゃなかろうか。

良いって言いたい全力で

自分的には超良い!と思っているのに、脚光を浴びることもなく消えていってしまったものはたくさんある。それはもう数え切れないほどある。良いはずなのに何故そうなってしまうのか……。

まぁそもそもお前のセンスがおかしいんだろって話もありますが、それ言い始めると話が進まないのでここでは無視。その他にも、ターゲットが悪かった、タイミングが悪かった、運が悪かった、などなど理由は色々出てきそうだけど、個人的には「それ自体の存在や良さがそもそも知られてなかった」ってところにひとつ大きな原因があると思ってます。存在が知られてなければ、良い悪いの判断すらしてもらえないですからね。

もちろん、多くの人に存在や良さを知ってもらえたらそれで成功するのかっていったらそんなことはない。でも、少なくとも存在が知られることによってチャンスは生まれると思う。だって、もともと良いものをなら、たくさんの人に知られたらそれだけ気に入ってくれる人が増える可能性があるでしょ。

だからわたしは、自分が「良い!」と思ったものは全力で紹介したいと思ってるんです。「これのこんなところが良かったよ!」って力の限り伝えたい。そのためのブログなのです。

みんなでハッピーになりたい

とはいえ、世のため人のためとかいう気持ちは全然なくて、むしろ超エゴでやってる。その証拠に自分が本当に好き、もしくは良いと思えるものしかプッシュしないですしね。あくまで基準は自分。超エゴでしょ。でもそれでいいと思っています。そこについてはみんながみんなエゴ全開でいいんじゃないかな。

わたしの場合は、ただ単純に自分が気に入ったものや好きな人、美味しい料理を食べさせてくれるお店、ワクワクさせてくれる企業などなど、そういった方々にハッピーになってほしいんですよね。「これ良かった!」って声を上げることで誰かがその存在や良さを知って、あわよくば紹介したものや人を気に入ってくれたらいいなって。それは、紹介された側はもちろん、新たにそのファンになった人にとってもハッピーなことだし、そんな素敵な出会いに貢献できたとあれば自分も嬉しい。いいことだらけじゃないですか。

その結果、自分の好きなものたちがもっとパワーアップしたり、今まで以上に素敵な価値を届けてくれるようになるかもしれない。そんな風になれるなら、それはとっても嬉しいなって思ってしまうのでした。

悪には自然消滅を

良いものしか話題に挙がらなくなれば、必然的に悪はなくなるはずなので、あえて悪をたたく必要はないと思ってる。悪を叩けば、それはそれで炎上マーケティングよろしく悪を助長させることになってしまうだろうし。そんなことをするよりも、同じ時間を使うなら「良い」を広めるほうがよっぽど有意義。結果的にはそれが回り回って悪をたたくことにもなるんだと思う。だって、誰からも良いとも悪いとも評価されず、相手にもされなければ、もはやそれは存在していないのと同じでしょ。

そうして、ズルやっても無駄だなっていう風潮が広まれば、誰もが純粋に良いものを作ろうと頑張るようになるんじゃないかな。それって素晴らしいことじゃなかろうか。

ネットの可能性を信じたい

とまあ、自分の理想とするのはこんな感じ。じゃあ次はどうやったら現実と理想のギャップを埋めることができるのかという話なんだけど、正直、少し前までは一体何をどうすればそれができるのか見当もつかなかった。でも、今はネットにその可能性を感じてる。ネットが普及して、TwitterやFacebookをはじめとするソーシャルメディアが身近なものとなった今、誰もが手軽に自分の意見を発信できるようになった。この個々人から発せられる声こそが、最初に言ってた、良きが報われ、悪しきが裁かれる世界を実現する鍵になると思うのです。

誰か一人が声を上げるだけじゃ多分ダメだけど、みんながみんな声を上げればきっと世界も動くと思う。わたしがブログをはじめとする活動を通じて実現したいのはそういうことなのです。個々人の情報発信による革命だと言ってもいいのかもしれない。もちろんネットは万能じゃない。光もあれば闇もあるけど、うまく使えば光をさらに輝かせることはできるんじゃないかな。

おわりに

いまいち整理しきれてないですが、大体こんなことを考えながら日々ブログを書いています。我ながら甘っちょろいこと言ってるなとは思いますけどね。でもまぁ、一人くらいこんなんがいてもいいじゃないですか。わたしにとってのブログは、そんな革命への挑戦であり、ネットの可能性を探る実験でもあるんです。こんな小さな個人ブログでやれることなんてたかがしれてると思います。でも、だからといって何もしなければ何も変わらないことだけは明らか。だからやれるだけやってみよう。そんな感じです。

とはいえ、基本はあくまでも自分のペースで自分の書きたいとことを書きたいように書くというスタンス。その辺については以下の記事でまとめているので、興味があれば読んでみてください。

そんなこんなで二周年でした。こんなやつですが、これからもお付き合いいただけると嬉しいです。それではまた。

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